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藤の屋文具店

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冬の教室



              セピア

             冬の教室


 昔の学校はみんな、木造の2階建て校舎だった。百葉箱を拡大し
たような愛想のない四角い建物で、教室の窓は木枠にはめられた四
角いガラスが六枚、こげ茶色にくすんだ桟は、木目のところがでこ
でこと痩せていて、強い風のある日はカタカタと鳴っていた。
 暖房は、教室の右側、廊下のほうだが、その最前列の入り口を入
ったところに、鋳鉄でできたごろんとしたストーブがひとつ。垂直
に立ちあがったブリキの煙突は上空で水平に曲がり、教室の左側の
窓の上に向かって一直線に延びている。ストーブは、ほぼ正方形の
ブリキの皿に載せられていて、もしも火がこぼれても床が燃えない
ようになっていた。
 
 各クラスにはふたり、コークス当番というのが決められていて、
みんなより少し早く登校する。校舎と校舎をつなぐ渡り廊下の途中
に、コークス小屋というのがあって、そこに裸で積んである大量の
コークスを、バケツにスコップですくって教室へ持ちかえるためで
ある。コークスというのは、石炭から何かを取り出したあとの絞り
カスで、溶岩のようにたくさんの穴が開いた、ごつごつした石のよ
うな形だ。
 当番は、教室に戻るとストーブの前面ハッチを開き、ロストルの
上に新聞紙をまるめて何枚か投げ込んでから、コークスを少し入れ
る。次に、一番下の火口に新聞紙を丸めて入れてマッチで火をつけ
る。マッチは、CDRの20枚パックくらいの大きさの紙箱に入っ
ていて、周囲の4面には摺り薬、てっぺんの中央を開けてマッチを
取り出すようになっていて、その蓋には、つばのある帽子をかぶっ
たおじさんの絵が描かれていた。
 めらめらと炎が燃えあがり、新聞紙が燃え尽きたら、火口をうち
わであおぐ。なんとか商工会、なんて文字の入ったガッツなやつで
ある。ぱたぱたとあおぐと、ケツに火のついたコークスは、大気圏
に突入するソユーズ号のように赤く輝き、やがて隕石のように真っ
赤に燃えあがるのだ。

 体育や音楽の時間になると、当番はコークスを少し多めに放りこ
んで教室を出る。燃え尽きると面倒だからである。帰ってくると、
まずロストルをがたがたと揺らして灰を落とし、少しぱたぱたして
火力を上げる。調子よく燃えると胴体は赤く透明に輝き、てっぺん
の蓋に水滴を垂らすと、ちんちりりんと玉になって走りまわる。
 冬の授業でいちばん辛いのは、5時限目だ。おなかが膨れた上に
あったかくなり、ストーブの上のヤカンは白い湯気を連続してしゅ
しゅしゅしゅと出しつづける。社会科だったりした日には、ただ教
科書をながめてぼぅっと先生の声を聞いているうちに、幽体離脱し
た肉体は舟を漕ぎ始める。

 休み時間、校庭はがらんとして冷たい風が吹きすさび、僕たちは
室内で過ごす。なわとびで二丁跳びの稽古をする子は体育館へ行き、
教室ではオハジキ遊びやお手玉、あや取りなんてやっている女の子
もいる。僕は、返してもらったテストの裏に、サブマリン707の
絵を描いている。フロントの魚雷発射管が開き、甲板のライナー格
納庫が開いて泡が上がり、セイル後方のジュニア格納庫から二隻の
ジュニアが発進しているシーンだ。プラモデルは、マンガよりも少
し細長いので、絵を描く参考にはならない。お年玉をもらったら、
450円の、モーターで動くジュニアCクラスを買おう、なんて決
心を固めたりしている。

 心踊るのは、初雪である。鉛色の空からゴミのようなものが落ち
てきて、誰かが「雪や!」と叫ぶと、先生も一緒になって窓の外を
見る。白い白い粉雪がすこしづつ、次から次へと落ちてきて、水溜
りやお堀の水面に触れては消えていき、やがて木々の枝の先から、
それとわかる程に雪が積もり始める。




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